NovelJam2018秋 当日審査講評
2019年1月9日Photo by 川島彩水
当日審査員からの講評を公開します。(順不同・敬称略)
講評と岡目八目(藤谷治)
まず講評から。最優秀賞受賞の『いえ喰ういえ』は全作品中最も勢いがあり乱暴なのが、このイベントの趣旨および雰囲気にふさわしいと感じました。技術的にも確かなものがあり、読むのが楽で痛快でした。
個人賞を差し上げた『あなたの帰る場所は』は、小説技術としても、内容や推敲、校正のレヴェルから見ても、決して上質の作とはいえません。そうであることもまた、このイベントの特色を示しているのではないかと思います。この作品は出来として不充分だけれど、自身の体験から出てくる「これを書きたい」という真心は疑いようもありません。その真心を僕は愛しました。
つまり僕の判断では全十六作が最優秀賞受賞作と僕の個人賞受賞作の中で技術的な優劣を競っています。そして最優秀賞と個人賞の差は、そんなに大きく開いているわけではありません。
Novel Jamは興味深い試みで、だからこそ審査員も引き受けました。しかしイベントの趣旨や内容を話で聞いている段階から、よく判らないものがあり、実際に会場に行って、参加者の作品を読んで、評価を下した現在でも、この催しを完全に理解できたわけではありません。
イベントタイトルが示すように、これはジャム・セッションを小説でやるという試みなのでしょう。作者と編集者とデザイナーが一堂に会して、その場で与えられたお題をもとに、驚くほど短時間のうちに小説を制作し、発売さえする。そこには無理難題を与えられた人間が覚える高揚感と、祝祭的な切迫感が生まれます。審査員は審査員で、1万字の小説を16作読むというなかなかの苦行を強いられていましたから、現場を見ることは殆どできませんでしたが、会場内に緊張と興奮が漲っていたのは確かでした。
しかしライブハウスで客を前に演奏されるジャム・セッションが、演奏技術も経験も豊かなプロたちによって演奏される一発勝負であるのに対し、これはむしろこれから技術や経験を積んでいこうという若々しく未熟な人たちの場所です。興味を持って参加したはいいけれど、いざ演奏を始めよう、つまり小説を作ろうという段になって、自分やパートナーたちの持ち合わせている少ない手数で勝負しなければならないという事実に直面し、当惑したり混乱したことは、想像に難くありません。
さらにこのジャム・セッションでは、演奏(小説)に対するお互いの共通理解も、あまりアテにはならなかったのではないでしょうか。小説がその場でいきなり書き始められるだけでなく、著者と編集者とデザイナーも、その場でチームを組むのです。初対面なのは言うの及ばず、小説というものをどう考えているのかさえ、その場でようやく知るわけです。「音楽」がジャズも清元もグレゴリオ聖歌も含むように、「小説」というのは紫式部もチェスタトンも「ガガガ文庫」も一緒くたの概念です。著者なり編集者なりが、お互い「小説」の何丁目から来たのか見当もつかないのでは、いっちょジャムろうぜ、なんて楽器を構えてみたところで、コード進行もへったくれもないという仕儀になるのではない でしょうか。
実際、提出された小説は、どれも決して文芸作品として評価できるものではありませんでした。また、これが参加者の力量だと見なすのは、公平ではありません。一万字の小説は、二日や三日で書けるものではありません。ましてそこに著者の力量が存分に示されているなどと評価するのは、著者にとっても不本意でしょう。この「講評」に、参加諸作品について書かなかったのはそのためです。
小説という商品の完成がゴールであるなら、なぜ僕たち審査員は原稿だけを対象として審査をしたのか。「ジャム」と「商品化」とのあいだに、「理念の整合性」があるのだろうか。素朴な疑問がいろいろと残りました。
しかしそれでも、イベント自体が今ひとつ焦点の定まらないように見える中で、参加者たちは情熱的に書き、制作していました。その情熱を疑うことは誰にもできません。そしてその情熱は、小説だけでなく、すべての「表現」にとって、根源的なものです。いいものを見せてもらえました。
人物がきちんと描けている作品を(花田菜々子)
NovelJam特有の傾向なのかもしれませんが、先にプロットを決めてから書き出すためかストーリーの進行が最優先となり、人物描写が置いてきぼりになっている作品がいくつかあり、その部分が惜しいと感じました。ストーリーを急いで展開させるためにセリフが説明的過ぎたり、ご都合主義の安直な心理描写が乱発していたり……。「人」がきちんと描かれている作品が好きなので、まず人が描かれているかどうか。人を描くことをないがしろにするのであれば、人物をさしおいても描きたい別の何かが強くあるのか、それは何なのか、ということを基準に読ませていただきました。
花田菜々子賞に選ばせていただいた「リトルホーム、ラストサマー」は、すべての人物がありがちなテンプレをなぞることなく、たった一人の人としてそれぞれ豊かに描かれていて、とても心に響きました。母親との関係の変化や同級生の男子との出会いもとてもリアルで、わかりやすい和解や恋愛の形に収束させていないところが素晴らしく、彼ららしいささやかな一歩が丁寧に描かれていました。
花田菜々子賞にさせていただくか、もう1作迷ったのが「ハコニワ」です。家族4人をそれぞれ魅力的に、独自性を持って書き込んでいるよい作品だと感じました。母をわかりやすい「悪」、父をわかりやすい「善」、と定義することなく、表裏一体であり、それぞれが複雑に絡んでいることを会話やストーリーの中で繊細に表現することに成功していました。だからこそ、あの魅力的な4人であればもっと繊細で複雑な、彼らだけの結末があったのではないかと感じてしまいました。
どちらの作品も人物の描写力が光っていて、2泊3日でゼロから書き上げたとは思えない力作でした。生きづらさを感じる誰かの心に強く届く作品を今後も書かれるのではないかと期待しています。これからもぜひ書き続けてほしいと思います。
大賞受賞作の「いえ喰ういえ」は今回のテーマである「家」を大胆な形で使い倒し、楽しんで描いていることが伝わってくる内容でした。ちょうどニュースで取り上げられている「外国人研修生」のようなトピックスをうまくオチに使っている点も、NovelJamという即興の場ならではの良さでした。設定のユニークさや人物と家それぞれの描写も読みごたえがあり、大賞にふさわしい作品でした。
テーマを活かす、というところでは「みんな釘のせいだ」も、釘がしゃべるというまさかの発想と展開で、しかも釘たちがとてもかわいく、人間たちのストーリーとうまく絡み合っていて面白く読みました。「家がテーマ」→「家を物語の中心に」まではよくある発想ですが、釘を持ってきたところと彼らのオリジナルな活かし方はとても魅力的でした。
文章の上手さで魅せられたのは「ただいま、おかえり、また明日」と「【大好き】センパイを双子コーデでコロしてみた」でしょうか。前者は自然と情景が浮かびあがるような文章表現が心地よく、作品の世界に浸って読むことができましたし、後者は規定字数にぴったり合った疾走感ある文章と構成で、息つく間もなく一気に読ませてくれる力がありました。
私は書店員としてたくさんの本と接しながら、なおかつ今年は思わぬ形で著者デビューをしてしまいました。「読む」そして「売る」側から「書く」側に回った経験はとても価値があり、多くの読者の方からうれしいお言葉をいただき、自分をまるごと肯定していただくような大きな幸せを得た1年になりました。
ただ、自分にとって「書く」ことは一体何の意味があるのだろうかと考える人生が始まってしまい、今も大きな悩みの中にいます。自分は書きたいのだろうか?書くことで、何をどうしたいのだろうか? ずっと書き続けている方にはもうカタのついた悩みかもしれませんが、私は今やっと、はじめてそのような場所にいます。
そんな中で、この機会にお会いできた参加者のみなさんの、とにかく書きたいという情熱と衝動は私にとってはとても心に刺さるものでした。自分の才能のなさや心の奥にあるダサさと向き合い、掘り下げていくことはほんとうに想像以上のしんどさですよね。でも私もめちゃくちゃダサくてもいいからもう少しだけがんばってみようかなと思っています。そんなしんどさを共有する同士として、「ああっもうほんとに無理才能なさすぎる死にたい」と自室でひとりのたうちまわる夜に、心のどこかでみなさんとお互いにつながりあえたらいいなと思います。
この度は、このような貴重な機会をいただきありがとうございました。
か、み、は、さ、い、ぶ、に、や、ど、る。(米光 一成)
カフェとか古民家が舞台なのはもうヤメてくれよーと言ったのは、カフェや古民家が悪いわけではなく、その必然性が描かれないことに対しての苛立ちである。
どんなカフェで、どれぐらいの大きさで、席数はどれだけあって、どんな特徴があるのか。読み終わった後でイメージできない。とても素敵だという意味の修飾語をまとったカフェもしくは古民家。
利害関係のある会社でもなく閉鎖的な家庭でもないサードプレイスを欲しているのはわかる。素敵な場所がほしいのはわかる。そういった場所を描く小説はぼくだって読みたい。だからこそ、読み手に、その場にいる実感を手渡すための具体的な細部が必要なのだ。か、み、は、さ、い、ぶ、に、や、ど、る。発見を。ささやかでいい。言語化して手渡したときに「!」となる発見を。それこそが書き手の真心であり、工夫の見せ所であろう。
そういう意味でも、一番の推し作品は『【大好き】センパイを双子コーデでコロしてみた!』(以下、センコロ)であった。センコロにおけるサードプレイスはネットワーク上だ。動画配信している現場だ。この圧倒的な舞台設定の「いま」! そして、修飾語でごまかすことなく具体的な事実で伝えていく人間関係。「センパイみたいになりたいです」という憧れから、“気を抜くといつまでもだらだらと話し続けてしまうので、「どちらかが二度あくびをするまで」という取り決め”をする流れ。「仲良くなりました」「深い絆で結ばれました」「本当の家族のように」などという茫洋として凡庸な言葉ではなく、細部を積み重ねていく。そして理屈で説明するのではなく具体的な事実の描写で主人公の心情に寄り添わせ、ラストシーンまで読者を運んでいくのだ。
審査会で、センコロを大賞に推すつもりで臨んだ。頭一つ抜けてコレでしょう、ぐらいの気持ちだった。が、最初の投票は、ぼくの予想を裏切る。センコロの美点を説明し、ちょっとだけ議論をするが、だんだん「センコロは選ばれし者にしか分からぬ傑作なんだ」などという厨ニ的な気持ちが沸き起こって、米光賞にすべきだと決意してしまった。そういう気持ちを刺激する耽美世界に惚れたんだ。大賞に推しきれず、すまん。
「いえ喰ういえ」は藤谷さんが吹き出して笑っていたのを目撃してしまったので大賞にすることを賛同した。「帰りゃんせ」の妙な魅力はラジオドラマ化すると活きてくると思う。「リトルホーム、ラストサマー」は作品を起点として実現しようとしているプロジェクトを応援したいと思った。「川の先へ雲は流れ」の意欲的な試みは興味深い(もっと突き抜けてほしかった)。「フェイク・ポップ」の設定と舞台は好き、もっともっと!
それぞれの作品について具体的な改善点は、note「NovelJam2018秋・審査委員は何を考えてるのか」 に書いている。読んでください。
ライブイベントならではの作品たち(内藤みか)
2度目の審査員担当となります。今年のNovelJamは読み応えのある作品が多く、本当に楽しく審査させていただきました!そして毎度のことながら、受賞が決まったチームの皆さんが涙する時、私ももらい泣きしそうになります。皆様が過ごされたのがとても濃い3日間だったのだなということがよくわかります。締め切りとの格闘、お疲れ様でした。
忘れたくないのは、NovelJamは編集さんデザイナーさんそして著者が三位一体となったチームだということ。プレゼンを見て、チームパワーも私は審査に加算しています。そういう意味では審査員はあまり表紙画像を見る機会がないのが少しもったいない点かも。来年からはカラープリントしてどこかに張り出してみてもいいかもしれませんね。では講評です。
最優秀賞『いえ喰ういえ』は臨場感ある家同士のバトルに気持ち良く笑えました。ガンダムのように家がロボ化している感じなのがいい。てことは、誰だって自分の家を”操縦”して闘うことができるんですね。なんて想像しちゃいました。
内藤みか賞『みんな釘のせいだ』は、釘が主人公の男性に対してやいのやいのさえずりまくるニヤニヤが止まらない釘萌え作品。もっともっとそれぞれの釘のキャラを立てていけば、それこそ今はやりの『はたらく細胞』並の人気を獲得することだって夢じゃないかと。コミカライズするそうなので、めちゃ楽しみにしています!
特別賞としてチーム「アンジェロと雪の女王」に差し上げたのは、NovelJamがせっかくチーム制なのに、チームとしての賞やプレゼンを頑張った編集さんへの賞があってもいいのでは、と思ったからです。こちらのチームは編集さんがひたすら作品への愛情を打ち出し、聞いている私たちに「読んでみたいかも」という気持ちを起こさせる名プレゼンをされていたのが印象的でした。
全体的に「これは続編で」などと出し惜しみしているものがいくつかあり、そこが少しもったいなかったです。あとのことはまた後日考えればいいんで、まずは今回の作品に誠心誠意向き合い100%の力を出し切ることが大切じゃないかと思います。
では全作品の一言コメいきます!みんなデキがいいからあえてちょい辛口で。
『ただいま、おかえり、また明日』ほのぼの。妹もっと戸惑い悩んでもいいのでは。『あなたの帰る場所は』しみじみ。最後また夢の国に行ってもいいかも『リトルホーム、ラストサマー』長編ネタ。短編にするなら最初にリトルとの出会いからでも。『【大好き】センパイを双子コーデでコロしてみた!』すごく面白いのにタイトルで全部わかるからもったいない。『しのばずエレジイ』文章うまい!読者をもっともっと感情移入させられるはず。『異世界? いかねぇよ』今風に言えばわかりみが深い。『ハコニワ』深いけどオチにもっと意外性持たせる工夫必要。『フェイク・ポップ』多種類の嘘が味わい深い。ループさせるラストでも。『あなたは砂場でマルボロを』胸躍る展開。最初にプロポーズシーンでもいいかも。『マイ・スマート・ホーム』近未来な怖さ。兄はどうしてそうなったのかは書く必要が。『みそしる戦争』ある意味新時代のヒモライフスタイル。『川の先へ雲は流れ』良き設定。2部構成だけど1部だけでも相当濃い短編に。『BOX』渋い!CDのライナーノーツにしても。『帰りゃんせ』どんどん怖い!オチをもっとわかりやすくしたほうがもっと怖いかも。